作品一覧
作品一覧
年代順によって並べられている。表記は、英語原題(日本語サブタイトル、アメリカでの公開日)というようになっている。ただし、劇場公開時に別タイトルになっていた作品も一部あり。ハンナ=バーベラ第1期(1940年~1958年)
アカデミー賞受賞、ノミネート作品が多く並ぶ。第二次世界大戦が行われた時代だけに、「勝利は我に」に代表されるような、戦時色(国威発揚)を色濃く残している作品も見受けられ、ヒトラーを揶揄するような表現も登場する。1955年公開の「ひげも使いよう」までは、ハンナ=バーベラの2人は監督という立場で作品製作に携わっているが(製作はフレッド・クインビー名義)、その次の「素敵なママ」以降は、製作・監督の両面において、彼らがメインとして携わっている。
この時期の音楽を担当した作曲家スコット・ブラッドリーは、 映像のあらゆる細かい動きにタイミングを合わせてふさわしい音楽を付けていくという、緻密な構成を備えたフルオーケストラ曲をそれぞれの作品のために書い ている。同じ作品内でも場面によってジャズ風からクラシック風まで曲調がめまぐるしく変化する独特の伴奏音楽は、この時期の作品群の大きな魅力の一つであ る。
1950年代後半、テレビの普及と撮影所システムの崩壊でMGMの経営は傾き始めた。しかし、トムとジェリーも予算は削られたものの人気は依然高かった。MGMは当初、アニメーションなどの短編映画もシネマスコープ化して対抗しようとしたが、やがて旧作の上映のほうが新作上映よりも儲かる事実に気付いた。その結論は、MGMのアニメーション部門の閉鎖だった。1957年スタジオは閉鎖され、1958年8月1日公開の作品が最後となった。ハンナとバーベラは独立し、ハンナ・バーベラ・プロダクションを設立する。
- Puss Gets the Boot(上には上がある、1940年2月10日)
- The Midnight Snack(夜中のつまみ食い、1941年7月19日)
- ※この作品で初めてお手伝いさんがトムと呼び、正式な題名がついた。
- The Night Before Christmas(メリー・クリスマス、1941年12月6日)
- ※クリスマスの話なだけあり公開日は12月。
- Fraidy Cat(お化け騒動、1942年1月17日)
- Dog Trouble(共同作戦、1942年4月18日)
- Puss ‘n’ Toots(バラ色の人生、1942年5月30日)
- The Bowling-Alley Cat(楽しいボーリング、1942年7月17日)
- Fine Featherd Friend(にわとり婆さん、1942年10月10日)
- Sufferin’ Cats(悪魔のささやき、1943年1月16日)
- The Lonesome Mouse(淋しがりや、1943年5月22日)
- The Yankee Doodle Mouse(勝利は我に、1943年6月26日)
- Baby Puss(赤ちゃんはいいな、1943年12月25日)
- The Zoot Cat(素敵なおさがり、1944年2月26日)
- The Million Dollar Cat(夢と消えた百万ドル、1944年5月6日)
- The Bodyguard(命の恩人、1944年7月22日)
- Puttin’ On the Dog(猫はやっぱり猫でした、1944年10月28日)
- Mouse Trouble(ネズミ取り必勝法、1944年11月23日)
- The Mouse Comes to Dinner(トムのガールフレンド、1945年5月2日)
- Mouse in Manhattan(ジェリー街へ行く、1945年7月7日)
- Tee For Two(目茶苦茶ゴルフ、1945年7月21日)
- Flirty Birdy(可愛い花嫁さん、1945年9月22日)
- Quiet Please(ただいまお昼寝中、1945年12月22日)
- Springtime for Thomas(春はいたずらもの、1946年3月30日)
- The Milky Waif(捨てネズミ、1946年5月18日)
- Trap Happy(仲間割れ、1946年6月29日)
- Solid Serenade(恋ははかなく、1946年9月1日)
- Cat Fishin’(変な魚釣り、1947年2月22日)
- Part Time Pal(トラになったトム、1947年3月15日)
- The Cat Concerto(ピアノ・コンサート、1947年4月26日)
- Dr.Jekyll and Mr.Mouse(あべこべ物語、1947年6月14日)
- Salt Water Tabby(海のバカンス、1947年7月12日)
- A Mouse in the House(こわいお手伝いさん、1947年8月30日)
- The Invisible Mouse(透明ネズミ、1947年9月27日)
- Kitty Foiled(なかよし、1948年6月1日)
- The Truce Hurts(仲良し同盟、1948年7月17日)
- Old Rockin’ Chair Tom(強敵あらわる、1948年9月18日)
- Professor Tom(やんちゃな生徒、1948年10月30日)
- Mouse Cleaning(お掃除はこうするの、1948年12月11日)
- Polka Dot Puss(ウソをついたら、1949年2月26日)
- The Little Orphan(台所戦争、1949年4月30日)
- Hatch Up Your Troubles(いたずらきつつき、1949年5月14日)
- ※後にリメイクされる。
- Heavenly Puss(天国と地獄、1949年7月9日)
- The Cat and The Mermouse(海の底はすばらしい、1949年9月3日)
- Love That Pup(ここまでおいで、1949年10月1日)
- Jerry’s Diary(ジェリーの日記、1949年10月22日)
- Tennis Chumps(テニスなんて楽だね、1949年12月10日)
- Little Quacker(母をたずねて、1950年1月7日)
- Saturday Evening Puss(土曜の夜は、1950年1月14日)
- ※アメリカTV放送時には「お手伝いさん」が白人女性に描き直されている(輸入LDなども)。 尚、どのタイミングで変更されたのかは不明。日本で再放送をしている間は 足や手しか見えない黒人女性である。他の作品でも黒人女性は登場いるが、書き換えられているのはこの作品のみである。 (1950年劇場公開時は黒人女性と思われる)
- Texas Tom(西部の伊達ねずみ、1950年3月11日)
- Jerry and the Lion(逃げて来たライオン、1950年4月8日)
- Safety Second(花火はすごいぞ、1950年7月1日)
- Tom and Jerry in the Hollywood Bowl(星空の音楽会、1950年9月17日)
- The Framed Cat(復讐もほどほどに、1950年10月21日)
- Cue Ball Cat(玉つきゲームは楽しいね、1950年11月25日)
- Casanova Cat(計算ちがい、1951年1月6日)
- Jerry and the Goldfish(ジェリーと金魚、1951年3月3日)
- Jerry’s Cousin(ごきげんないとこ、1951年4月7日)
- Sleepy-Time Tom(トムさんと悪友、1951年5月26日)
- His Mouse Friday(南の島、1951年7月7日)
- Slicked-up Pup(パパは強いな、1951年9月8日)
- Nit-witty Kitty(ショックで直せ、1951年10月6日)
- Cat Napping(ふんだりけったり、1951年12月8日)
- The Flying Cat(トム君空を飛ぶ、1952年1月12日)
- The Duck Doctor(おしゃべり子ガモ、1952年2月16日)
- The Two Mouseketeers(パーティ荒し、1952年3月15日)
- Smitten Kitten(恋のとりこ、1952年4月12日)
- Triplet Trouble(可愛い子猫と思ったら、1952年4月19日)
- Little Runaway(可愛い逃亡者、1952年6月14日)
- Fit to be Tied(ブルおじさん、1952年7月26日)
- Push-Button Kitty(人造ネコ、1952年9月6日)
- Cruise Cat(夢と消えたバカンス、1952年10月18日)
- The Dog House(お家はバラバラ、1952年11月29日)
- The Missing Mouse(恐怖の白ネズミ、1953年1月10日)
- Jerry and Jumbo(ジェリーとジャンボ、1953年2月21日)
- Johann Mouse(ワルツの王様、1953年3月21日)
- That’s My Pup(パパの教育、1953年4月21日)
- Just Ducky(おかしなアヒルの子、1953年9月5日)
- Two Little Indians(インディアンごっこ、1953年10月17日)
- Life with Tom(トム氏の優雅な生活、1953年11月21日)
- Puppy Tale(親切なトム、1954年1月23日)
- Posse Cat(うらぎり者は去れ、1954年1月30日)
- Hic-cup Pup(止まらないシャックリ、1954年4月17日)
- Little School Mouse(ネズミの学校、1954年5月29日)
- Baby Butch(腹ぺこブッチ、1954年8月5日)
- Mice Follies(氷あそび、1954年9月4日)
- Neapolitan Mouse(ナポリよいとこ、1954年10月2日)
- Downhearted Duckling(オーバーな奴、1954年11月13日)
- Pet Peeve(いそうろう、1954年11月20日)
- Touche, Pussy Cat!(武士道はつらい、1954年12月18日)
- ※劇場公開時:剣豪ジェリー
- Southbound Duckling(南へ行こう、1955年3月12日)
- Pup on a Picnic(ブルさんのピクニック、1955年4月30日)
- ※劇場公開時:わんちゃんのピクニック
- Mouse for Sale(白ネズミは人気者、1955年5月21日)
- Designs on Jerry(失敗は成功のもと、1955年9月2日)
- Tom and Cherie(武士道修行も楽じゃない、1955年9月9日)
- ※劇場公開時:ジェリーの迷剣士
- Smarty Cat(映画大会、1955年10月14日)
- Pecos Pest(ひげも使いよう、1955年11月11日)
- That’s My Mammy(素敵なママ、1955年11月19日)
- The Flying Sorceress(空飛ぶほうき、1956年1月27日)
- The Egg and Jerry(1956年3月23日)
- ※”Hatch Up Your Troubles(いたずらきつつき)”のリメイク版。日本では未公開。
- Busy Buddies(赤ちゃんは楽だね、1956年5月4日)
- Mustle Beach Tom(楽しい浜べ、1956年9月7日)
- Downbeat Bear(ダンスは楽し、1956年10月21日)
- Blue Cat Blues(悲しい悲しい物語、1956年11月16日)
- Barbecue Brawl(バーベキュー戦争、1956年12月14日)
- Tops with Pops(1957年2月22日)
- ※”Love That Pup(ここまでおいで)”をシネマスコープ版でリメイクしたもの。日本では未公開。
- Timid Tabby(なにがなんだかわからない、1957年4月19日)
- Feedin’ the Kiddie(1957年6月7日)
- ※”The Little Orphan(台所戦争)”をシネマスコープ版でリメイクしたもの。日本では未公開。
- Mucho Mouse(気楽に行こうよ、1957年9月6日)
- Tom’s Photo Finish(みーちゃったみーちゃった、1957年11月1日)
- Happy Go Ducky(おめでたいアヒル、1958年1月3日)
- Royal Cat Nap(王様を起こさないで、1958年3月7日)
- The Vanishing Duck(忍法ネコだまし、1958年5月2日)
- Robin Hoodwinked(我こそ勇者、1958年6月6日)
- Tot Watchers(赤ちゃんは知らん顔 1958年8月1日)
- tarkar in enter(いたずら魚釣り、1988年11月9日)
ジーン・ダイッチ期(1961年~1962年)
1960年、MGMはトムとジェリーの新作短編シリーズを再開することにしたが、プロデューサーのウィリアム・L・スナイダー(William L. Snyder)はチェコスロバキアのプラハに拠点を置くジーン・ダイッチ(Gene Deitch)のスタジオ、レンブラント・フィルム(Rembrandt Films)に製作させた。ダイッチとスナイダーのコンビは、シュルレアリスティックな短編13編を作った。しかし製作者たちはトムとジェリーの旧作をほんの少ししか見ずに作ったため、作品は旧作ファンからは奇妙なものと見られた。キャラクターの手振りは モーションブラーを使うなど非常に高速で、むしろ病的にすら見えた。またサウンドトラックはまばらでしかもリバーブ(反響音)が大きく、音響効果はSF映 画のような音を使い、会話も話すというよりもごもごするように聞こえた。
この期のトムとジェリーは、唯一ラストに「メイド・イン・ハリウッド、USA」が付いていない。しかもダイッチのスタジオは東側陣営のチェコにあり鉄のカーテンの反対側だった事情もあり、スタジオがどこの街にあるかはクレジットからは完全に省略された。
- Switchin’ Kitten(猫はワンワン犬はニャーオ、1961年9月7日)
- Down and Outing(友達はいいな、1961年10月26日)
- It’s Greek to Me-ow(ギリシャ物語、1961年12月7日)
- High Steaks(自慢のバーベキュー、1962年1月1日)
- Mouse into Space(ジェリーの宇宙飛行士、1962年2月1日)
- Landing Stripling(手ごわい奴、1962年4月1日)
- Calypso Cat(やきもちやき、1962年6月1日)
- Dicky Moe(白いくじら、1962年7月1日)
- The Tom and Jerry Cartoon Kit(お人形新発売、1962年8月1日)
- Tall in the Trap(西部のあばれもの、1962年9月1日)
- Sorry Safari(狩りはこりごり、1962年10月1日)
- Buddies Thicker Than Water(くたびれもうけの魚釣り、1962年11月1日)
- Carmen Get It!(新カルメン物語、1962年12月1日)
チャック・ジョーンズ期(1963年~1967年)
ダイッチ製作分の最後の一本が公開されたあと、MGMは『ルーニー・テューンズ』や『メリー・メロディーズ』など、バッグス・バニーやダフィー・ダックを主人公にしたアニメーション短編シリーズで名高かったアメリカ人監督チャック・ジョーンズ(Chuck Jones)を起用することとした。ジョーンズは30年以上在籍したワーナー・ブラザーズのアニメーションスタジオを辞し、新たに自らのスタジオである「シブ・タワー・12プロダクションズ(Sib Tower 12 Productions)」をパートナーのレス・ゴールドマン(Les Goldman)と立ち上げたところだった。ジョーンズとゴールドマンは1963年か ら34本の短編を製作した。これらの作品はジョーンズの演出が特徴的であったが(同時期のサイケデリック・ムーブメントの影響も見られた)、批評的には賛 否両論である。トムを応援するファンは、ジョーンズ版ではトムがジェリーに全く敵わない存在に落ちてしまったことを批判する。ジョーンズは、トムとジェ リーのブランドに自分のスタイルを当てはめようとしたがこれも賛否ある。ストーリーラインやキャラクターの個性も変わり、キャラクターデザインも変わっ た。トムはボリス・カーロフのような太い眉毛になり、頬の毛もふさふさになった。ジェリーは目や耳が大きくなり、甘い印象になり、ポーキー・ピッグ(Porky Pig、ワーナーのルーニー・テューンズのキャラ)のような姿形になった。
シブ・タワー・12はMGMのアニメーション部門になり、MGMは1967年にはアニメーション短編の製作を停止した。ジョーンズはすでにテレビスペシャルや、ノートン・ジャスターの児童書『マイロのふしぎな冒険』の長編映画化・『The Phantom Tollbooth』など他の仕事に取り掛かっていた。
- Penthouse Mouse(お好みサンド、1963年)
- ※劇場公開時:トムとジェリーの危機一発
- The Cat Above and The Mouse Below(オペラ騒動、1964年)
- ※劇場公開時:トムとジェリーの負けてたまるか
- Is There a Doctor in the Mouse?(ジェリー博士の超能力、1964年)
- Much Ado About Mousing(ジェリーの親友、1964年)
- ※劇場公開時:ブルの用心棒
- Snowbody Loves Me(冬の夜ばなし、1964年)
- ※劇場公開時:零下30度
- The Unshrinkable Jerry Mouse(ジェリーと子猫、1964年)
- Ah Sweet Mouse-Story of Life(追いつ追われつ、1965年)
- Tom-ic Energy(逃げろや逃げろ、1965年)
- Bad Day At Cat Rock(まるでツイてない日、1965年)
- The Brothers Carry-Mouse-Off(とんだ災難、1965年)
- Haunted Mouse(魔術師ネズミ、1965年)
- I’m Just Wild about Jerry(油断大敵、1965年)
- Of Feline Bondage(ジェリーの仕返し、1965年)
- The Year of the Mouse(ジェリーのいたずら作戦、1965年)
- The Cat’s Me-Ouch(忠犬ブル公、1965年)
- Duel Personality(果てしなき決闘、1966年)
- Jerry, Jerry Quite Contrary(ジェリーの夢遊病、1966年)
- Jerry Go-Round(象さんはジェリーの味方、1966年)
- Love Me, Love My Mouse(プレゼント騒動、1966年)
- Puss ‘N’ Boats(水兵さんも楽じゃない、1966年)
- Filet Meow(カワイコ金魚ちゃん、1966年)
- Matinee Mouse(仲直りはしたものの、1966年)
- The A-Tom-Inable Snowman(銀世界の追跡、1966年)
- Catty Cornered(1+1は敵の数、1966年)
- Cat and Dupli-Cat(サンタルチアの夜、1966年)
- O-Solar-Meow(トムとジェリーウォーズ、1966年)
- Guided Mouse-Ille(未来戦争、1966年)
- Rock ‘N’ Rodent(ロックンロール騒動、1967年)
- Cannery Rodent(ジョーズの追跡、1967年)
- The Mouse from H.U.N.G.E.R.(001/7 チーズに愛をこめて、1967年)
- Surf-Bored Cat(サーフィンに挑戦、1967年)
- Shutter Bugged Cat(必殺ネズミ取り、1967年)
- Advance and Be Mechanized(アベコベ時代、1967年)
- Purr-Chance to Dream(夢よもう一度、1967年)
テレビでの放送(1965年 - )
1965年以降、ハンナ=バーベラ第1期の作品がCBSで土曜の朝からテレビ放映され人気を博した。チャック・ジョーンズの製作班はテレビ放送のために黒人のお手伝いさんをロトスコープで 取り除き、白人女性に入れ替える描き直し作業や声の差し替えも行っていた(近年の再放送では描き直し前の黒人のお手伝いさんが放映されているが、声はステ レオタイプな黒人英語を和らげている)。また、テレビには暴力的とされたアクションも編集で削られた。CBSは1967年から放送を日曜に移し、1972 年9月まで放送した。ハンナ=バーベラ第2期(1975年 - 1977年)
「The New Tom & Jerry Show」というタイトルでテレビシリーズとして製作。ABCで土曜の朝のカートゥーン枠に放送され、再びハンナとバーベラが製作にあたることになった。日本では『新トムとジェリー』のタイトルで放映された。テレビの厳格な暴力描写の規制のため、トムとジェリーが喧嘩をせず、一緒に冒険に出るなどストーリーは大きく変わった。またトム、ジェリーとも蝶ネクタイを着用している。
- aidontorack-chocolate(チョコレートは嫌い!、1975年7月27日)
トムとジェリーキッズ(1990年)
1980年代から1990年代にかけて続いた、「クラシックなトゥーンキャラを大人から子供に変えて再利用する」という風潮に伴い、トムとジェリー も子供バージョンが作られることになった。トムとジェリーの幼年期を描いたアニメ作品。原題は「Tom and Jerry Kids Show」。1986年にCNN創業者テッド・ターナーがMGMを一時的に買収し、このとき「トムとジェリー」も含む古いMGM作品の権利がターナーの手に移ったため、以後シリーズはターナー系列の会社(1996年より、タイム・ワーナー)で製作されるようになった。ハンナ・バーベラ・プロダクションとターナー・エンタテインメントの製作、FOXでの放送。
トムとジェリーの大冒険(1992年)
初の長編映画作品。原題は「Tom and Jerry The Movie」。The Mansion Cat(2001年4月8日)
短編作品。日本のカートゥーン ネットワークの「カートゥーン カートゥーン ショー」で2001年4月20日に放送。トムとジェリー魔法の指輪(2001年)
2作目の長編映画。原題は「Tom and Jerry - The Magic Ring」。トムとジェリー ワイルドスピード(2005年)
3作目の長編映画。原題は「Tom and Jerry in The Fast and The Furry」。(詳しくは「トムとジェリー ワイルドスピード」を参照のこと)トムとジェリー 火星へ行く(2005年)
4作目の長編映画。原題は「Tom and Jerry - Blast Off to Mars」。The KarateGuard(2005年9月27日)
短編作品。日本のカートゥーン ネットワークの「カートゥーン カートゥーン ショー」で2006年1月27日に放送(「I am Weasel」「Cow & Chicken」との併映)。トムとジェリーの宝島(2006年)
5作目の長編映画。原題は「Tom and Jerry - Shiver Me Whiskers」。トムとジェリー テイルズ(2006年)
短編作品。原題は「Tom and Jerry Tales」。この作品ではジョセフ・バーベラがエグゼクティブ・プロデューサーを担当している。【ウィキペディアより】